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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11940号 判決 1989年5月25日

原告 ミスギ興業株式会社

右代表者代表取締役 杉実年子

右訴訟代理人弁護士 中村健

被告 株式会社かふぇーくれーぷ

右代表者代表取締役 小野瑞樹

右訴訟代理人弁護士 道下實

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地をその地上の工作物を収去して明渡せ。

二  被告は、原告に対し、昭和六一年九月一日から右明渡済みまで、一日三万円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告に対し、昭和六〇年八月二六日、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を次のとおり賃貸し、引き渡した。

期間 昭和六〇年九月一日から昭和六一年八月三一日まで一年間

賃料 一か月四七万円

損害金 期間満了後、本件土地の返還が遅れた場合、被告は、一日金三万円の割合で使用料相当の損害金を支払う。

2  よって、原告は、被告に対し、期間満了による賃貸借契約の終了に基づき、本件土地上の工作物を収去して本件土地を明渡すこと及び賃貸借契約終了の日の翌日である昭和六一年九月一日から明渡済みまで一日三万円の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

認める。

三  抗弁

1  建物所有目的

右賃貸借契約は、建物所有を目的として締結されたものである。

2  権利の濫用

(一) 被告は、本件土地上の店舗建築のために約三〇〇〇万円の資金を投下しており、いまだに、右資金にあてた借入金債務の返済をしている状態である。

(二) 本件土地上の店舗は、被告の営業活動の中心であり、被告の存亡は、本件土地上の店舗における営業の可否にかかっている。

(三) 原告は、本件土地の隣接地に堅固な建築物を建て、右土地の有効利用を果たしており、本件土地を自己使用する必要はない。

(四) 原告は、本件契約前後にわたって被告が本件土地を使用してきた状況を熟知している。

(五) よって、原告の本訴請求は、権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認ないし争う。

五  再抗弁(抗弁1に対して)

一時使用目的

1  〔賃貸借契約を短期間に限って存続させる旨の合意〕

原告と被告は、本件賃貸借契約を短期間(一年間に限って)存続させる旨合意した。

2  〔右契約を借地法にいう一時使用のためのものであると評価してよいことを基礎づける具体的事実〕

(一) (違法建築)

原告は、渋谷区神宮前一丁目二〇番一〇宅地一六三・六三メートルを賃借し、右土地上に鉄筋コンクリート造陸屋根地上三階地下一階建てのビルを建築して所有している。本件土地は、右ビル建設用地の一部であって、建築基準法上の建蔽率、容積率の規制により空き地となった土地であり、建物を建築することのできない土地であって、右規制に反して建物を建築すると、右ビル全体が違法建築となるものである。

(二) (敷金・権利金等の不授受)

本件賃貸借契約締結に際しては、保証金として一〇〇万円の交付がなされたのみで、敷金及び権利金等の授受がなされなかった。

よって、本件契約は、借地法にいう一時使用のためのものである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。

2  再抗弁2(一)(二)のうち、原告が、原告主張の土地の上に、原告主張の建物を建築したことを認め、その余を否認する。

七  再々抗弁(再抗弁2(一)に対して)

〔本件賃貸借契約を借地法にいう一時使用のためのものであると評価することを妨げる具体的事実〕

1 本件土地は、いわゆる竹下通りに面しており、その地域では、狭い通りに建物が密集して建てられており、建築基準法に形式的に違反する建物が多数存在し、渋谷区役所も、地域性等を考慮し、黙認或いは、弾力的な行政指導をしている。

2 よって、本件店舗が違法建築であることをもって、賃貸借契約の一時使用性を基礎づけることはできない。

八  再々抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  賃貸借契約の成立について判断する。

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(その認定に供した証拠は、認定事実の次に掲げる。書証の成立について説示のないものは、成立に争いのない書証である。以下同じ。)

原告は、被告に対し、昭和五八年八月二五日、本件土地を期間は同年九月一日から一年とし、賃料を一か月四〇万円として賃貸し同年九月一日にこれを引き渡した。そして昭和五九年八月三〇日及び昭和六〇年八月二六日に、再契約をした。その最後の契約が本件契約である。

証拠《省略》

そして、次の事実は、当事者間に争いがない。

本件契約においては、次のように約定された。

期間 昭和六〇年九月一日から昭和六一年八月三一日までの一年

賃料 一か月四七万円

損害金 期間満了後本件土地の返還が遅れた場合、被告は、一日金三万円の割合で使用料相当損害金を支払う。

二  本件賃貸借契約が、建物の所有を目的とするかどうかについて判断する。

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  昭和五八年八月の最初の契約から、本件契約に至るまで、各契約について作成された契約書には、「可動式の外一切の建物その他の設備を設置しないことを確約する。」旨の記載がある。

証拠《省略》

2  当初の契約が締結されるに当たって、被告は、本件土地上に建築する工作物の概要を示す図面を原告に交付した。この図面に記載された工作物は、本件土地上に建築されてあるミスギビルの外壁の一部を利用して作られた売店風の建物であり、地面と等しい高さで敷設した舗装をそのまま床面とし、本格的な建物に通常見られるような屋根と梁、天井との分離や外壁と独立した内壁などの構造を有しない簡素な造りではあるものの、屋根があり、金属板で周壁を囲らせてあって、地面とはボルトで固定する方式となっていた。

証拠《省略》

右1に認定した契約書の記載からみると、本件契約は、建物の所有を目的としないかのようである。しかし、右2に認定したとおり、原告が本件土地上に建築することを承認した売店は、本格的な建築とはほど遠い簡素な造りではあるものの、屋根及び周壁を有する一個の建築物であり、借地法一条の建物と認めることができる。そうすると、本件契約は、被告主張のとおり、建物の所有を目的とするものと判断される。

三  賃貸期間を短期間に限定する合意の有無について、判断する。

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

原告と被告は、昭和五八年八月の最初の契約のときから、賃貸借契約を一年間という短期に限って存続させる旨の合意をした。

証拠《省略》

右認定に反する被告代表者の本人尋問の結果(九項)は、それを客観的に裏付ける証拠がなく、採用しない。

四  一時使用目的と評価すべきか否かについて、判断する。

証拠によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件店舗が面している竹下通りは、若者等がひっきりなしに通る日本有数の繁華街であり、いわゆる流行の最先端を行く場所である。被告は、竹下通り及びその周辺に本件店舗と同様の店を三店舗と他に一店舗を所有し、合計四店舗で年間約三億円の売り上げを上げているが、本件店舗の立地条件は、他の店のそれより良好で、売り上げ額も大きい。

証拠

当裁判所に顕著な事実

《証拠省略》

2  本件店舗は、ミスギビルの外壁の一部を利用した売店風のもので、その構造は簡易なものであり、面積も一二平方メートル前後と狭小である。被告は、本件店舗の資材に高価な材料を用いるなどして、建築費(リースにより調達した備品類を除く。)として八〇〇万円程度を投下したが、このような投下資本は、右1のような売り上げの状況からみて、短期間に回収が可能である。

証拠《省略》

3  本件土地を含む渋谷区神宮前一丁目二〇番一〇宅地一六三・六三平方メートル(登記簿上の面積)の土地の実測の面積は、一六六・八〇二平方メートルであり、許容建蔽率は、七〇パーセント、許容建築面積は、一一六・七六四平方メートルであり、右土地上に昭和五八年八月に建築されたミスギビルの建築面積は一一五・六九六平方メートルであったから、右ミスギビルのほかに本件土地上において建築可能な面積は、一・〇六八平方メートルであるところ、本件店舗の面積は、一二平方メートル前後であって、本件店舗は、明らかに建築基準法に違反するものであった。

証拠《省略》

4  違法建築物に対する行政指導は、時代性、地域性、違法の程度・内容等を総合考慮して行われるものであり、いわゆる竹下通り周辺では、現状においては、必ずしも、違法建築物に対する規制が厳しくなく、違法建築物も、存続を許されないものではない。しかし、このように行政指導が弾力的であるということは、将来において状況の変化により、より厳しい指導を受けることが考えられないではなく、違法建築物所有を目的とする土地の賃貸借は、所詮その程度の浮動的なものである。

証拠《省略》

5  被告は、昭和五八年二月ミスギビルの二階を賃借するに際して、四〇〇〇万円の保証金を支払い、内装工事費に約三五〇〇万円を投下したが、本件土地を賃借する際には、保証金として一〇〇万円の交付がなされたのみで、通常、長期にわたって土地賃貸借契約が存続する場合に支払われるべき敷金・権利金等の授受がなされていない。

証拠《省略》

6  当初の契約に当たって、原告の依頼した代理人弁護士から被告代表者に対し、契約の更新はせいぜい三回位しか出来ない旨を説明し、被告代表者はこれを了解していた。

証拠《省略》

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右に認定したところに基づいて考えると、次の事項を指摘することができる。

ア  本件の場合、営業の内容及び立地の状況から、本件土地での営業によって短期間に多額の収入が見込まれる一方、店舗の構造が簡易で面積が狭小なため、投下する資金の額が比較的少額であって、その資金の回収が短期間に可能な状況にあったこと。

イ  本件の営業は、若者の趣味と嗜好を追った今はやりの営業であるため、必ずしも永続的に繁盛するとは限らず、また、店舗の構造や外装についても、客の好みなどに応じ変更を加えることが考えられるので、投下した資金は短期間に回収する必要が存在すること。

ウ  借地法上の借地権の制度の下では、賃貸期間が長期であるほか、期間満了時においても土地が返還されない可能性が高いので、借地権を設定する場合には、一般に土地の時価を基準に高率の権利金を徴収するのを常とするが、本件のような地価の高い土地で、高額の権利金を支払って営業しようとすると、投下資金の大部分が権利金として長期間固定することとなり、資金の短期的な回収を前提とする営業は成り立たなくなり、本件のような業種の営業を阻害する結果となること。

右に指摘したところから考えると、本件の賃貸借契約で、原被告が、高額の権利金等を授受しないこととし、他面賃貸期間を短期間に限定する合意をしたことには、合理的な理由が存在するものと判断される。そうであれば、本件の賃貸借契約は、借地法の規定する一時使用を目的とするものと評価することができ、この判断を動かすべき証拠はない。

五  権利濫用の抗弁について、判断する。

すでに認定したとおり、被告は本件土地で投下する資金を短期間に回収することが可能であり、その必要もあることから、本件のような一時使用の契約を結んだものであり、すでにその契約を結んでから現在まで、五年以上を経過している。そうであれば、被告は、その投下資金の回収に十分な期間を与えられているものとみるべきである。もともと、被告は、本件店舗での短期間の営業で所期の成果をあげることができると考えて、一時使用として本件土地を賃借したものであり、その合意の拘束力を受けて本件土地を明渡すことは、すでに契約当初から予想されたことである。そうであれば、現在本件店舗での営業が被告の収入の大きな部分を占めているからといって、本件土地の明渡を求める原告の請求が権利の濫用となるものではない。そのほかに被告が主張する事情は、一時使用の合意が有効に存在する本件においては、考慮すべき事情とはならない。

以上被告の権利濫用の抗弁は、失当であって、採用することはできない。

六  以上認定判断したところによれば、本件の賃貸借契約は、昭和六一年八月三一日に期間満了によって終了したものと判断される。そうであれば、本件土地上の工作物を収去して本件土地を明渡し、昭和六一年九月一日から明渡ずみまで約定の一月三万円の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は、すべて理由があるから、これを認容するべきである。

訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 淺生重機)

<以下省略>

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